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気楽に使って、役立ててください。
室内は全て消耗品としてみてあります。
これでいいのである。
だが、そんなことを考える建築士は一人もいない。
技術や学問はあっても、心は死んだもの同然である。
「私もこういう性格ですから、出すものは出しますけど、入居者の修理は出してもらわないと、不公平だと思うのです」「ええ、まあ、そうです」「民主主義の世の中ですから、お互いに契約を守る義務があり、それで初めて良い関係ができると思うのです」「同じ日本人ですから、常識を守ることが前提ですね」「そう、常識の上に良識を持つべきだと思うのです。
社会人になれば、世の中甘くはありませんからね。
きびしいようだけど、お互いにきちんとしないと、良くならないですよ」僕もその通りに考え、実行している。
だが、どうもわからない。
建前論はその通りだが、どこかしっくりこない。
僕達業者に対して、どこかで不信感を持っているのではなかろうか。
不幸な話である。
信用してもしなくても、アパートなどではたいして影響はない。
どっちにしても、家主は損をしないように出来ている。
だから、気持ちを大きく持って、僕等を信用した方が得である。
僕等も人間だから、信用されれば、恩返しを考える。
たいていの農家はアパート等で毎年二千万の収入がある。
高額所得者である。
それでも、家賃を千円上げるとか修理費が少し高いとか注文をつけられる。
それでいいのだが、それにこだわるので扱いにくくなる。
ぼくがそう考えていると、Mさんはニコリと笑って、「あくまで建前論でね。
あなたはプロだし、色々なケースを知っているわけだから、お任せしますよ、全てね。
私のような素人が出すぎても、困りますから。
モチはモチ屋ですよ」と、最後には、温厚な答えが返ってくる。
最初に雨風で叩いておいて、最後に太陽である。
その辺睦見事鞍駆け引きである。
やっぱり、この人は違うなぁ。
きびしさが全体をおおっていて、手だけが暖かい気がする。
私はですね。
特別上等の作物を作るのでなくて、平均して上クラスを作りたいで植物には法則がありますけど、法則まで破って良いものを作るのは、良くないと思うので「いや、老人が声高にのろけるので、独身のK嬢は、恥ずかしそうに下を向いて笑った。
ありがとうございます。
さすがMさんは、言うことが物理的で、比職がとてもうまいですね」Mさんの端正な横顔を見ながら、僕はきびしい顔をして、おいとまをつげるのである。
果物は粒が大きいもの程育ちがよくおいしいが、人間の世界では逆である。
小さい人ほど馬力があって、ビシッとしまっている。
W先生が貸家の二階に入居したのは、三月中旬であった。
県立高校の教師とかで、体は小さいが溌らつとした青年で、好男子である。
体育の先生とかで、国体に出場したこともあるという。
「先生、ここは少し古いけど、陽当たりが良くて静かですわ。
でも、もっと新しいアパートもあるのにねえ。
よろしいのですか?」と、首をかしげながら、わが社の営業部長が聞いた。
「いいですよ。
気楽じゃないですか。
二階だし、隣がないし。
上一つ、下一つは、実家の二階を借りているような気分ですよ。
第一、銭湯が近い。
毎日汗をかきますから、隣に行って、ザプンですよ。
京成の駅に近いのも、便利です」「そう、いちいち風呂を沸かすのも大変ですから、その方が便利ね。
湯沸しは忘れたら、大変よ。
この前も若い人が風呂を沸かしながら寝こんじやいましてね。
カラ炊きをやって、釜がダメになりましたわ」「そりゃ、大変だ。
俺は、銭湯に行こう」と、まあ、こんな調子である。
「そりゃ大変だ。
風呂釜の交換は、いくらかかります?」「十三万円以上ですよ。
もっと恐いのは、火事になることよ。
過熱すると、焼けちゃいますも異変が起きたのは、それから三週間ばかり経ってからのことである。
突然、一階に住む女性のoさんから、会社に電話が入った。
「社長さん、私の所、雨もりするのですけど、どうしたのでしょうか?」のんびりした中年の話し方なので、僕はホッとした。
うるさい入居者になると、雨もりぐらいで、わいわい騒ぐのである。
「雨もりですか?昨夜は小雨だったのにね、屋根の瓦でも、割れたのかな?」「真夜中に、ポタポタ落ちてきたのです。
バケツを置きました。
たいして雨も降らなかったのに、どうしたのかしら」「年数が経つと、どこか傷んできますからね。
雨もりは、原因が難しいのです。
風向きによっては、下から吹き上げるのもあります」「強い風など、吹いたかしら。
夕べは眠くて、余り覚えてないけど」「わかりました。
家主さんに、屋根でも見てくれるように、話しておきますよ」「お願いします。
それとね、ちょっと、わからないのだけど…」「何ですか?雨もりは、難しいのですよ。
どこをどうやって伝わってくるのか、探すのが大変「いえね、そんなことじゃないの。
雨もりしたのをバケツにためてちょっとなめてみたのよ。
そしたら、どうしたのかしら。
塩味なのよ。
どうしてかしら」はて、と僕も頭をかかえこんだ。
「どこかに塩でもあったのかな。
雨もりは、今回が初めてですか?」「ええ、初めてだわ。
今までなかったと思うわ。
この建物も、寿命かしら」「とにかく、調べてみましょう。
原因がわかり次第、ご連絡しますので、よろしくお願いします。
」と、相手の気持ちを考えて、僕の方も低姿勢である。
二階の先生、水でもこぼしたかな。
それも、塩水のたっぷりしたのを。
ちょっと聞いてみよう。
二階の人が水をこぼす、ということはよくある話である。
バケツや洗面器の水を、何かの拍子にけとばすとか、立てておいたビンが、ひっくり返るとか。
生活上の行為である。
ベテランの入居者になると、水の扱いを考えるが、初心者は、室の中に平気で水をおいておく。
水はこぼしたら必ず下にいく、という単純なことに気づかない。
まだ引っ越してきたばかりだから、室内の配置にも不慣れで、体が配置を覚えてくれない。
夜などぶつかったりする。
誰にでもよくあることだ。
先生も、難しい高校生を扱えば、思うようにいかないこともある。
いわゆる、ストレスでビンに当たることもあろう。
ここは、おおめに見てやることが肝要だ。
先生に一度会って、状況だけ確認してみよう。
本当に雨もりだったら、放っておくこともできないのだから。
ということで、僕は土曜の午後に、W先生宅に伺うことにした。
二時頃ドアをノックすると、W先生はトレーニングウェアの姿で、顔を出した。
「こんにちは。
どうですか、先生。
住まいに慣れましたか?」「いやあ、お世話になりまして。
転居してきたばかりですけど、挨拶回りや期末試験やらで、いそがしいのです。
夜は、酒ばかり飲んでいますよ」「公務員ですからねえ、色々あるでしょうねえ。
先生。
階下の人が雨もりする、と言ってきましてね。
申し訳ないのですが、壁や天井を拝見できないでしょうか」「いいですよ。
散らかっていますけど、気を悪くしないでください」「突然お伺いして、すみません。
男同志だから、散らかっていても気にしませんから」僕は、恐る恐る室に入り、あたりを見渡した。
なるほど、ふとんは敷きっぱなしの万年床、本やビンが散乱して、賑やかである。
天井のベニヤ板を見ても、シミの形跡もない。
サッシの周りも、壁も水で濡れた様子はない。
「どこにも、雨のもったシミは、ないですね。
やっぱり、外壁かなあ」
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